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関連するアメーバ経営での実践例

人間の無限の可能性を追求する

先日言葉の使い方について大変興味深いことを知りました。それは人が頑張っている度合いの表現として、「精一杯」「目一杯」「力一杯」があるが、そのうちどれが一番頑張っているかという問いでした。

答えは「力一杯」でした。辞書でそれぞれの意味を調べてみると、「精一杯」とは力の限りを出すこと。「目一杯」とは限度ぎりぎりまで。「力一杯」とはありったけの力を出すさま、とあります。いずれもさほど大差がないように思いますが、それぞれの用例を見てみると様相が変わります。

商人が「価格については精一杯頑張ります」と言っても、通常限度ぎりぎりではないでしょう。「目一杯頑張ったんですが、予定は達成できませんでした」と聞けば、その頑張りでは足りなかったのではないかと突っ込むことになるかもしれません。そうすると自分が「精一杯」でもなく「目一杯」でもなく、「力一杯頑張った」と言えるということは、相当頑張ったというニュアンスになります。

私ごとですが、先日十数年振りにアメリカへ出張しました。30歳代はアメリカに駐在し、英語に悪戦苦闘しながら仕事をしていましたが、帰国後は英語を使う機会はあまりなく、下手は下手なりの英語もすっかり錆びつき、果たして使い物になるのか内心心配でした。しかし、今回の出張でお会いしたのがかつての上司や同僚であったこともあるのでしょうが、ヒアリングは案外落ちていないと感じました。スピーキングは、久し振りに乗る自転車のようで、はじめはぎこちないですが、徐々に十数年来使うことのなかった英単語が自然によみがえってくることを自覚しました。自慢話ではなく、人の能力とは不思議なものだなとつくづく思える大変面白い経験でした。

人は生まれてこの方、見聞きしたことのすべてを記憶していると言われますが、取り分け苦労して身につけた記憶はそうなのかもしれません。これは私だけではなく、すべての人に当てはまることだと思います。多くの困難や難しい課題をクリアしてきた経験、言い換えると多くの修羅場をくぐってきた経験は、必ず忘れがたい記憶として蓄積されていきます。それ故に日々の弛まぬ努力の積み重ねが後々効いてくるのだと思います。

人は時に自分の能力を過小評価し、自分は大したことができないと思い込んでしまうことがあります。しかし、ないものねだりをしたところで、得ることはありません。それよりは、常に自分が今持てる力のすべてを出して闘うことが大事なのだと思います。

そのためには、常に自分を高い目標に向かわせることではないかと思います。時には量的に、時には質的に、そして時にはその両方を同時に満たすことを求められる目標や課題にチャレンジする時、蓄積された記憶を引き出すことができるのでしょう。

蓄積された記憶や経験を繰り返し総動員することによって、人の能力のポテンシャルは高くなるのだろうと思います。

※出典:アメーバ経営倶楽部会員情報誌「アメーバマネジメントレポート」Vol.13
※記載情報は記載当時のものです。ご了承ください。